今日はまた、アニマルコミュニケーションから思うことを書いていきます。
偉そうなことを言えませんが、私自身、大事な動物家族の死について、自分を責めることがあります。何度も悔やんで「ごめんね」と言うこともあります。
アニマルコミュニケーションのご質問の中でも、私と同じように旅立った動物さんに「ごめんね」と伝えてほしいということはよくあります。
人の旅立ちも色々ですが、動物もまたいろいろな旅立ち方があります。
穏やかに旅立たせることができたとしても、それでも「ごめんね」と言ってしまうことだってあります。
病や怪我の苦しみの中で旅立たせてしまった時には、その苦悶の姿が激しく脳裏に焼き付いて、ずっとご自身を責め続けることもあるでしょう。
- うちの子にならなかったら、もっと幸せだったかもしれない。
- 私が気をつけなかったから、病気にさせてしまった。
- 私がもっと目配りをしていたら、こんな状態にならなかった。
- 苦しみ続けた最期を迎えさせてしまった。
- 甘えん坊なのに独りで旅立たせてしまった。
いろんな後悔があって、動物さんの死の責任は自分にあるのだからと、何度も自分を殴りつけることだってあるかもしれません。
ひとつ、覚えておいてくれませんか。
生死は人間の領分ではないということを。では誰の領分なのかというと、人智を越えた領分かなとしか言えません。
だから、愛する動物さんの死について、責めを負う必要はないと知っていてほしいのです。
動物さん達は伝えます。
こういう言葉を受けても「それでも...」と思うことだってあるでしょう。
大切な家族を喪うことは、とてもきつく苦しいことです。そんなつらさに加えて、後悔も自責も罪悪感もあるかもしれません。
あなたが愛した動物は、あなたが大好きです。苦しむあなたを望んではいません。
動物がこの地上を去ることは、あなたの責任ではないのです。だから伝えているのです。
すべき何かがあったとしても、何かをしていてもいなくても、どちらにしても自分は旅立ちを迎えることには変わりがなかったことを。
あなたが自分自身を責めるのを見るのはとてもつらいから、自分たちがお互いに気持ちよくなれるように、責める気持ちを捨てていい。できたらそうしてほしいということを。
自分に優しくしてくれたように、あなた自身にも優しくなってほしいと。
大好きだから、その幸せを願っています。
気持ちは簡単には変わらないかもしれません。それでもいつか、心が新しい一歩を踏み出すことを愛する動物たちが願っていると、どこかで覚えていていただけたらありがたいです。
今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。たくさんの愛と感謝を。




