「今を生きる」とよく言うけれど、はたしてそう?
昨日のことや、明日のことを考えていて、今、目の前のことを疎かにはしていない?
あなたにお伺いします。
「《今》を生きていますか?」
たまに聞くことあるのではないでしょうか。
「今を生きる」
「この瞬間を生きる」ということを。
さてさてお答えはどうでしょう。
わたしは、そのつもりです。だけどやっぱり違うのですよね。
ヨーガでも言われることであり、仏教の修行でもあったかと思うのですが、一つ一つの動作に意識を向け続けること。その瞬間に心をこめること。例えば、扉の開け閉めにも、心を配ること。掃除する一手間毎に気を配りながら、丁寧に行うこと等々。
今を生きると言うことは、今、目の前にあることに意識を向けていくこと。そこに心を向けていくこと。
果たして、毎日の暮らしの中で、こういうことができているかと問われたら、「ごめんなさーい!」って感じです。「今晩の食事はどうしようかな」と思いながら、トイレのドアをバタンと閉めたりなんてこと、しょっちゅうです。まぁ、そんなものです。
動物たちはどうでしょうか。
これがね、見事なくらい《今》を生きています。
何の記憶もなくて、《今》だけを生きているわけではありません。過去にどんなことがあったって、そこに留まることなく、《今》を生きようと、《今》を楽しもうとしているのです。
アニマルコミュニケーションでいただくご質問の中には、動物の過去の暮らしについて聞くものがあります。
うちのケモノさんたちのような、元保護犬猫たちについて、かつての暮らしを飼い主さんは知りたいのです。私も知りたいと思うから、聞いたことあります。
彼らは覚えている範囲で教えてくれますが、
人間は、過去から意識を切り離すことがむずかしい場合が多く、どうしても、過去のことが、《今》の暮らしの中で気になったりします。同じように、何時間か先、明日、将来のことも考えて《今》を生きています。
意識を分散しているということかもしれません。上手に意識を分散できていたら問題はないけれど、時折、過去のことばかり、未来のことばかり考え過ぎて、今、目の前にあることに気づかないこと、きっとあると思うのです。気掛かりが心を占めていて、目の前にある、素敵な一瞬を見逃していることあるかもしれません。
異なる種族だから思考も違うでしょう。人間ほど動物は脳があるわけじゃないから、多くを考えていられないのかもしれません。
ただ生きるためだけに生きている。そうなのかもしれません。でも、私たち人間だって、何だかんだ理屈を付けていたって、ただ生きるために、生きているのかもしれないですよね。
動物の潔さ、そこには清々しいまでの高潔なものがあるように、わたしは思っています。
《今》目の前のことを精いっぱい楽しんで、見つめて、その瞬間を思いっきり生きる。動物たちのそんな姿から、私たちは学ぶことたくさんあるのではないかと思うのです。
過去に興味を持つことは悪いことではありません。でも、過去にこだわり続けること、それでは《今》がかわいそう。未来の心配ばかりしていることも、《今》を思いっきり楽しめなくなってしまう。
《今》は、あっという間に過ぎ去っていくものだからこそ、大切にしていきませんか。
動物たちの生きる姿勢、素敵なこと教えてくれています。
まだこのお話はもうちょっと続きます。
今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛と感謝を。
「《今》を生きていますか?」
たまに聞くことあるのではないでしょうか。
「今を生きる」
「この瞬間を生きる」ということを。
さてさてお答えはどうでしょう。
わたしは、そのつもりです。だけどやっぱり違うのですよね。
ヨーガでも言われることであり、仏教の修行でもあったかと思うのですが、一つ一つの動作に意識を向け続けること。その瞬間に心をこめること。例えば、扉の開け閉めにも、心を配ること。掃除する一手間毎に気を配りながら、丁寧に行うこと等々。
今を生きると言うことは、今、目の前にあることに意識を向けていくこと。そこに心を向けていくこと。
果たして、毎日の暮らしの中で、こういうことができているかと問われたら、「ごめんなさーい!」って感じです。「今晩の食事はどうしようかな」と思いながら、トイレのドアをバタンと閉めたりなんてこと、しょっちゅうです。まぁ、そんなものです。
動物たちはどうでしょうか。
これがね、見事なくらい《今》を生きています。
何の記憶もなくて、《今》だけを生きているわけではありません。過去にどんなことがあったって、そこに留まることなく、《今》を生きようと、《今》を楽しもうとしているのです。
アニマルコミュニケーションでいただくご質問の中には、動物の過去の暮らしについて聞くものがあります。
うちのケモノさんたちのような、元保護犬猫たちについて、かつての暮らしを飼い主さんは知りたいのです。私も知りたいと思うから、聞いたことあります。
彼らは覚えている範囲で教えてくれますが、
今、とても幸せに暮らしているのに、どうして昔のことなんて聞くの?
過去のことって、もう終わっていることで、あたしは今そこにいるわけじゃないのに、どうしてそんなこと気にするの?
と思っていたりします。人間は、過去から意識を切り離すことがむずかしい場合が多く、どうしても、過去のことが、《今》の暮らしの中で気になったりします。同じように、何時間か先、明日、将来のことも考えて《今》を生きています。
意識を分散しているということかもしれません。上手に意識を分散できていたら問題はないけれど、時折、過去のことばかり、未来のことばかり考え過ぎて、今、目の前にあることに気づかないこと、きっとあると思うのです。気掛かりが心を占めていて、目の前にある、素敵な一瞬を見逃していることあるかもしれません。
異なる種族だから思考も違うでしょう。人間ほど動物は脳があるわけじゃないから、多くを考えていられないのかもしれません。
ただ生きるためだけに生きている。そうなのかもしれません。でも、私たち人間だって、何だかんだ理屈を付けていたって、ただ生きるために、生きているのかもしれないですよね。
動物の潔さ、そこには清々しいまでの高潔なものがあるように、わたしは思っています。
《今》目の前のことを精いっぱい楽しんで、見つめて、その瞬間を思いっきり生きる。動物たちのそんな姿から、私たちは学ぶことたくさんあるのではないかと思うのです。
過去に興味を持つことは悪いことではありません。でも、過去にこだわり続けること、それでは《今》がかわいそう。未来の心配ばかりしていることも、《今》を思いっきり楽しめなくなってしまう。
《今》は、あっという間に過ぎ去っていくものだからこそ、大切にしていきませんか。
動物たちの生きる姿勢、素敵なこと教えてくれています。
まだこのお話はもうちょっと続きます。
今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛と感謝を。




