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そうあろう

今日のメッセージ 「心を開く」と耳にしたり、
勧められることがあるかもしれません。
素敵なことだと分かっていても、
心の開き方だの、
自分の心が開いているかどうかが、
よく分からなくなって、
自分には無理なことだと、
あきらめたり、
落ち込むこともあるでしょう。
心は形があるものではないから、
正解はいくつもあるのです。
開き方が分からなければ、
そうあろうとすればいいのです。
「心を開いていよう」と、
想っていけばいいのです。
先回のメッセージの中に「心の扉を僅かでも開いておきましょう」というものがありました。

「心を開く」という言葉は、このブログで何度も書いていますが、あなたもまたどこかで目にされたことがおありかもしれません。その素晴らしさもまたよくご存知かもしれません。

心が開かれている時というのは、あるがままを受け取り、感じられることだと私は考えています。自分も含めてあらゆるものがそのままであることを受容できるから、とても平静な気持ちでいられる時と言えるのかもしれません。

それならやっぱり「心が開いた」状態が望ましいものなんだ。

でも難しい。
よく分からない。
どうやったらいいの?
私の心って開いているの?

考えれば考えるほど分からなくなっていく。
できない自分、分からない自分が、情けなく悲しいから、心なんて開かなくたっていいんだと開き直ったり、自分を貶めたりすることだってあるでしょう。

自分を責めたり、嘆かないでください。

心を開く正しい方法なんて、あるようで、ないのです。心臓を開くこととは違うのだから。

だから、「そう『あろう』」とすればいいのです。

「心を開いていよう」と想うのです。

そんなことで心が開くのかと考えてしまうかもしれませんが、「あろう」の力は大したものなのです。目指すものへと道筋をつけていきます。

「そんなのムリムリ。できっこない!」というのと、「そうあろう」というのでは、進む道が違っていくのです。

想いの力を侮るなかれです。

「そうあろう」とするのは、心を開くことだけではありません。他のことにも通ずるものですので、何か目標とするものがおありならば、「そうあろう」という想いを抱き続けてください。それはあなたの力となっていきます。

そして、「そう『あろう』」から始まったものは、「そう『なっている』」と変化していくのです。

今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。

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