エゴは常にいろいろなことを囁いています。
「おまえなど、居ても居なくてもいい人間だ。誰からも必要とされない存在だ。」
「他人と理解し合うことなどありえない。誰もが、自分だけが良ければと考えて、自分だけのために行動しているからだ。」
「おまえにあるのは不幸だけだ。」
「誰かから愛されるなどと言うこともなければ、誰かを愛すると言うこともない。それはただの自慰行為にすぎない。」
「この世界には苦しみしかないし、幸せなど存在していない。」
「愛などというものなどは、この世界には存在しない。すべて幻だ。」
「お前が信じているものは全てまやかしだ」
などと、実に様々なことを、勝手に囁いていきます。なぜかというと、エゴには、苦しみや恐れだけが全てなのです。
ここで少し、エゴの身になってみましょう。
生まれてからずっと、苦しみや恐怖の中で暮らしていて、何かにすがろうとしてもその手を振りほどかれ、救いを求めても光など一切無い闇の中に置き去りにされる。
ただ孤独。
でも孤独というのは、悪いものではありません。思索や創作をする上でも大切なものです。
でも、エゴの場合は、心と耳を閉ざし、あらゆるものを遮断したエゴたちがそれぞれ、わけの分からないことを喚いたり、叫び声を上げていたり、狂ってしまっている中に放り出されています。せめて正気を保つために、真に孤独でいたいのに、孤独にもなれないような場所に居続けているのです。
それゆえ、仲間がほしいのです。だから、囁き続けるのです。自分のいる場所まで堕ちてほしいから。
エゴは、あなたが弱い時、特にその声を大きくします。心身が弱くなっている時には、誘いやすいから。
エゴの声を聞いて、一緒に居続けることは、先ほど書いたようなエゴが暮らす世界に、あなたもまた滞在することになります。
そこに暮らす必要などないのです。なぜなら、エゴの言うことこそ嘘偽りなのだから。
愛と光は存在しています。様々な出来事があったとしても、この世界が闇に覆われていないのが、その証となるのではないでしょうか。
そして、愛と光はエゴも内包するものであり、エゴの居場所も用意しています。不幸だと告げるエゴこそ不幸だと言うことは、お分かりでしょう。
私たちは、それほど強くはありません。ひどい悲しみや苦痛を体験すれば、心を閉じてしまうことはあります。
そんな時、エゴが好き勝手に囁き始めます。普段なら気にもしないことなのに、弱っている時には、それが真実だと思い込んでしまうこともあります。そう思う時だってあります。
それでも、あなた自身の主導権を、エゴに握らせることは止めましょう。あなたの中の奥の奥、そこにある叡知が、あなたに働きかけていきますから。
「エゴの言っていることなど聞かない」そう選択していきましょう。
心を彷徨わせるような声に、耳を傾ける必要はないのです。
そういう時に必要なのは、生き抜いていく強さや、知恵、立ち上がっていくための力や、あたたかい思いやりや励ましなのだから。
あなたが、あなた自身の人生の主導権を持っているのですから。
そしてまた、エゴも含めての自分であるのです。そういう陰の部分も持ちながら、知りながら、それでもそこに囚われないと決めて、生きていくことが出来るのです。
完全なる「陽」でなくていいのです。いろいろな要素を持ちながら、でも、エゴの囁きには耳を傾けない。そう生きていってみませんか。
今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛と感謝を、あなたに。





