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情けない話

2025/09/23

先日、メガネを新調する時のことです。店頭での待ち時間にスマホの中身を整理していました。

壁紙を亡きカリンとデンデにしているので、そろそろムテンに変えようと、画像選択画面になった時に私自身がフリーズ(苦笑)

手がぷるぷると震えて、涙がじんわり出てくるし、無理だよ、無理だわ、と。もう1人の自分が「いいよ、今やらなくても。無理しなくてもいいよ」と選択できない私の手を抑えるような感じまでしてきて、結局そのままでした。

たかがスマホの壁紙です。なのにねぇ。情けない話です。

人や動物など、色々な方のお話を聞かせていただく仕事ゆえ、それなりに自分を整える訓練も積んでいるし、激しい感情の波に対する心構えも持っています。できるだけ冷静に穏やかな状態でいるように心がけています。

でも、やっぱりダメなところも情けないところもあるのですよね、これが。

旅立っていったことに関して、深い悲しみは薄れていますが「未練」なのかな。割り切れない想いはどこかに持っているのです。

何でこんなことを書いているかというと、訓練を積んでいる私でも、こういう気持ちを持っていると言うことをお伝えしたいのです。

死別のような強く深い悲しみを体験して、日々何とか暮らしていても、どうしてもダメな時も出てきたり、時折、無性に泣けてしまったり、落ち込んだり、そういうことがあっても、な〜んにもおかしいことではないし、悪いことでも、ダメダメなことでもないんです。そういうものなのです。

だって、大好きだったのでしょう?愛していたのでしょう?心から。もしかすると自分自身よりも大切に想ってきたのでしょう?自分の命と代われるものなら、いくらでも代わってやるとそう思ったのではありませんか?だったら、ねぇ。

暴れるような感情の波は、本当にコントロールが難しいものだけど、生きているということは、感じる心を持っているということですものね。情けなかったりすることだってあるのです。

生きていると言うことは完璧ではないのです。

気持ちを上手にコントロールできなくても、心の切り替えに時間が掛かっていても、それは生きているという証でもあるので、ご自身のことを責めたり、焦ったりしないでください。「本当に情けない奴だなぁ」と苦笑いするくらいにしておきましょう。

それでいいのです。情けない奴はここにもいるので安心してください。

情けない話でも、こうやって書いていくことで、何かに繋がっていくのでしょうし、情けないながらも私はそうやって生きていくのだろうなぁと思っています。あ〜、スマホの壁紙変えるのいつになるかなぁ♪

今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛と感謝を。

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