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夢の話

2025/09/23

さて今日は夢の話から。

この間、目覚めたら、夢にデンデが出てきていたような気がしました。気がしたというのは、はっきりと姿を見たというよりも、ただ「あぁ、そういえば、近くにいたなぁ」という気配のようなものを見たからでした。

夢の中で、「逢えて良かった(嬉しい)」とか「久しぶりの幸せ」とかを感じるよりも、ごく平静の感覚でした。私は亡くなったワンコたちの夢はたまに見ています。でもたまに見るから、平静だったのではありません。

何て言うのでしょうか。死んだことによって、特別なもの、特別な関係になってしまったのではなく、たとえその繋がりの間に〈死〉が存在していたとしても、それでも変わらずに関わりがあると感じたように思ったのです。

逢えて良かったと涙ぐみながら起きるのではなく、何にも変わっていないのだと気づき、安らいだ気持ちになった目覚めでした。

もちろん、肉体はありません。ご飯も食べないし、お散歩に行くこともないし、病院通いもありません。撫でてやることも、噛みつかれることもありません(笑)肉眼で愛らしい姿を見ることも出来ません。

亡くなった子と私の間には〈死〉が存在しています。でも、ただそれだけなのです。

説明が難しいのですが、死が存在していたとしても、私たちの間にあるもの、私たちの関わりは何も変わっていないのです。

アニマルコミュニケーションや、ミディアムセッション七日の祈りなどでそのようなことは見聞きしています。今回はこういう形で実感させてもらったのかもしれません。「ああ、そうか。そういうものなのか」と感覚的に察したとでも言えるのかもしれません。いまだ愚かな成長中の私に教えてくれた存在に感謝です。

それから夢について、少し書いておきます。

「夢に出てきてほしい」という想いは彼方には届いていて、実際に夢に出てきているのだけど、それが自分の思い描くものではない場合もあります。今回のように『何となくの気配』ということもあります。さりげない登場もあります。

夢は彼方とこちらを結ぶ時間だったりするので、実際には彼方の方たちがのぞきに来ていて、そばで見つめていたりもするのです。目立つのを好まないこともあるので、ひっそりと登場することもあるでしょう。

だから、大きな期待はしないでおきましょう。期待いっぱいよりも、そのほうが登場しやすいかもしれないので。

死があなたたちの間に存在していても、関係には何も変わったものはないのだから。

今日もまたお読みくださいましてありがとうございました。
たくさんの愛と感謝を。

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