「名前」って面白いですよね。
他の何かと区別するために付けられたものですが、真の名前を知られると従わされる(ゲド戦記)などと書かれている物語などもあるように、名前には呪術的な要素もあったりします。
今回のお話も呪術的なのかもしれません。彼方の世界のことが関係しているので、まぁ、話半分にでもお読みください。
あなたは亡くなった誰かの名前を呼ぶことはありませんか?悲しく叫んだり、小さく呟いたり、ふと呼びかけたり。
あなたが言った「名前」が、彼方にいる方々(=人も動物も)に届いていると言ったら、あなたはどう思うでしょう。
その名前を呼んだ時、あなたのすぐ近くにやってきていることあるのです。亡くなった方の姿を思い浮かべるよりも、その名前を呼んだ方がより早く、近くに来てくれるみたいです。
だから、どんどん名前を呼んでいいのです。むしろ、どんどん名前を呼んでほしいということあるみたいです。名前は、その方だけのもので、その方を指すものだから、「わたし?わたし呼ばれた?」と気づいてもらいやすいのです。
例に挙げるのなら、姿を思い浮かべることは大凡の地域を示して詳しい番地まで分からないのでちょっと時間が掛かることもある。
でも、名前を呼んでもらえると、呼ばれている場所が光っていて、ピンポイントでハッキリと分かるので瞬時に到達することが出来る。
亡き方に教わったのはそんな感じなのです。
名前は、亡き方とあなたを繋ぐ「鍵」のようなものなのかもしれません。
生まれ変わってしまっていたら、呼びかけてもそばには来てくれないこともあるでしょう。でも何かが届いていくということです。何かってなんでしょうね。そのあたりはよく分からないのですが。
いつまでも亡くなった方の名前を呼んでもと誰かからそう言われることもあるでしょう。だけど、亡き方を偲んで名前を呼ぶことは、1つの供養にもなるんじゃないかなとも思います。
亡き方との思い出。感謝。惜別の想い。
亡き方に関することを思い出すこと全てが素敵な供養になると思います。
だから、名前を呼んでみてください。ニッコリとそばに来てくれること多いはずだから。
今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛と感謝をこめて。




