はい。私、カリンのことで後悔を色々としております。
ロンの時は、カリンを迎えるまで、どこかペットロス状態だったけれど、それでも後悔はほとんどありませんでした。やれるだけのことをやって見送ることが出来たと思っていたからです。
でも今回、カリンを家に戻してあげることも出来ず、病院での最期でした。入院中何度も、家に連れ帰ってもいいとお願いしたのですが、状態が思わしくなくて苦しいだけだからと言うことで願いも叶わずでした。もっと早くに気づいていればとか、無理にでも連れ帰ればよかったとか、様々な思いを抱いていたりします。
あの時、あぁすればよかった。こうすればよかった。もっと、もっと。気づいてあげられなかったなどという思いをこれまで何度もアニマルコミュニケーションでお伺いしてきたことでしょう。何年もこういう思いを抱えて、暮らしている方だっていらっしゃるでしょう。
これは動物の死に限らずです。
後悔を抱えながら過ごしていくのは、つらく苦しいことだと思います。何度も消そうとしても、心のどこかにぐいっと爪を立てているように、後悔はなかなか消えてくれやしない。これを読んでくださっている方の中にも、そういうものを抱えている方がお見えかもしれません。
そんな時に、少しでも思い浮かべて欲しいなと思います。今すれ違った人も、目の前にいる人も、隣の人も、どこかで何かの後悔を抱えながら、それでも生きていると言うことを。
先日、名古屋市動物愛護センターで行われた、ともnetさんも参加していた譲渡会で、仮母さんたち(保護犬預かりボランティア) に言われました。「みんな大なり小なり後悔ばっかり抱えている」と。
本当にね。
誰しもが形は違うけれど後悔のつらさを感じているのですよね。そう、自分ひとりじゃなくて。
「それでも、私は」そう思うかもしれません。誰かの後悔は、自分とは全く同じ内容の後悔ではないのだから。自分の体験も自分の感情も、自分だけが持っているものだから。
だけど人は詳しく語らないだけで、似たような気持ちになることもあるのです。
後悔の責め苦は本当につらいものだから、どうか思い浮かべて欲しいのです。自分だけじゃないってことを。後悔という苦いものを抱えながら、それでも生きている人がどれほどたくさんいるかと言うことを。
後悔に飲み込まれることなく生きていきましょう。
少しだけでも、心が軽くなっていくようにと祈っています。
後悔は苦いです。それを飲み込むのは大変だから、うまくなだめ、手なずけ、ごまかしながら、そうやって生きていけたらいいですね。そうやって生きていきましょうね。
今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛と感謝を。




