あなたもどこかでご覧になったことがあると思うのですが、何か出来事が起きると、
「それは正しくない!」
「これが正しいものだ!」
「正しくないものは良くない!」
「正義は我に!」
「これが正しいものだ!」
「正しくないものは良くない!」
「正義は我に!」
みたいなことありますよね。
ネットだと炎上案件みたいな感じで、正しさを振りかざすことがあったり。ワイドショーや週刊誌では以前から行われていたので、見聞きなさったこともおありかと思います。
ネットだと炎上案件みたいな感じで、正しさを振りかざすことがあったり。ワイドショーや週刊誌では以前から行われていたので、見聞きなさったこともおありかと思います。
正しさについては前にも書いているのですが(「正しさ」の話、グレーな部分)その時々で変わるものです。
極端な例ですが、人を殺してはいけないという社会に私たちは生きていますが、紛争、戦争時などにはそれが是とされることもあります。
正しいって、確たるものではないのです。
だから、正しいか正しくないかって言うのは、不安定で息苦しさを感じさせるものなのです。正しいか正しくないかで人や物事を判断することは、危うさも孕んでいるのです。
では、どうするのかというと愛で見ていくのです。
正しいか正しくないで物事を単純に判断したり、裁いたりすることに、抵抗を感じたことはありませんか?もし、感じたことがあるのなら、その精神はとても素敵なものです。
ある方向から見たら、それは正しくないことかもしれない。でも違う方向から見たら、正しくないと言い切れない。
そんなこと、いくらでもあります。
だからこそ、愛なのです。
ある物事、ある人、それが愛あるものなのか、それとも、愛なきものなのか。
愛あるものなのか、ただ我欲だけなのか。愛あるものなのか、怯えているものなのか。愛なのか、エゴなのか。
単純に分けられなくていいのです。物事には様々な面があるのだから。
愛が無いものだから、正しくないっていうことでもありません。愛があるから、正しいって言うことでもありません。
正しいか正しくないかで判断するのではなく、愛があるのか、愛から遠ざかっているのか、そう確認するだけなのです。
自分の行為に関しても「あぁ、あれはちょっと愛のない行動だったな」と振り返ってみればいいのです。
正しいか正しくないかという判断から、愛があるものかそうではないのかという視点を持っていってみませんか?
この視点はあなたをさらなる豊かさへとつないでいきます。
私たちに必要なのは愛です。
愛の目で見て、愛で語り、愛で感じていき、愛を持って暮らしていく。
出来る範囲からちょっとずつ。そうやって愛を広げていってください。
どこにいても、何をしていても、どんな姿形をしていても、あなたは愛の発信者なのです。
意識を高く持っていってください。
今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛と光を。




