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信じる心

2025/09/23

蓮を見に行ってきました。梅雨ってジトジトしていて面倒な感じの季節かもしれないけど、蓮の花や、アジサイのように、たくさんの花たちの美しさを感じられる時でもあるんですよね。

先日の満月の夜は家人と一緒に、ロンのお散歩コースを歩いてきました。毎日歩くたびに、色んなことを考えたり、感じたりしていたから、またぼちぼちっとお散歩コースを歩いていこうと思っています。

今日も、汗ダクダクになりながらでしたが、体を動かしていたのでいろんな気づきがありました。

「信じる」ってことです。

私はこれといった宗教を持っていません。エンジェルが好きだけどクリスチャンではないし、仏様に手を合わせるけど仏教徒というわけでもないと思っています。

でも「信じる心」は持っています。それは「信仰心」と同じなんじゃないかと思います。

小難しい理屈は説明できないのでごめんなさい。

だけど「宗教」と「信仰」って厳密には違うんですよね。このあたりの詳しいことを知りたい方はどうぞ調べてみてください。ま〜細かいことは勘弁してくださいませ。

ただ私自身感じているのは「信じる心」があったから、今とても救われていると言うことなんです。

なにを?って思われるでしょうね。私の場合、エンジェルも含んだスピリチュアルな存在たちのことです。彼らからの愛です。それをただ信じています。

私、ロンが旅立つことでなにが一番心配かって言ったら家人のことだったんです。なんだかんだ言っても私自身は信じる心があるからおそらく大丈夫だと思っていました。

でも、家人は???かなり不安でした。もともとペシミストだし。だから私自身の学びを常日頃、伝えてありました。心の準備を何年かずっと、やってもらってきたって感じかな。おかげで彼の中でも、肉体は滅びたとしても、その愛(魂)は滅びることはないんだと信じてくれているようです。

動物たちって愛そのもの。なので、生きているときには愛をたくさん周りの人に与え、亡くなってからでもその愛はありつづけるんですよね。

私は、そう信じてる。信じつづけてる。

こう信じていなかったら、やっぱりペットロス(←この言葉には違和感ありまくりですが)になる可能性たっぷりあると思います。

ペットロスについて感じているのは、これって当たり前なの。動物が亡くなって、悲しんだり、落ち込んだりする人はいて当然なの。家族なんだもの。「ペット」という括りにしているから、特殊感たっぷりかもしれないけど、家族が亡くなって心が乱れることはあって当然だと思う。その度合いが深くて、専門家の手を借りなくちゃいけない方がいたっておかしくないと、私は感じてます。

それにしても、本当に動くと思考がクリアになりますね。

話半分に聞いてもらえばいいけれど、ロンがねエンジェルドッグになって、いろんなサポートしてくれているんです。ありがたいね。

今日もまた、お読みくださってありがとうございます。
たくさんの愛と感謝を。
Love & Hug Hug

〜 今日のいいこと 〜

☆ 今日も綺麗な蓮を見ることが出来た。

☆ たくさん運動したので、おそらく、ちょっとは、ほんのちょっとだけでも、
  痩せているに違いない.......

☆ あんドーナツおいしかった。

☆ トマトがおいしい。

☆ ガリガリ君もおいしい。

☆ 生きていること

〜 ☆ ☆ 〜

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