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ねたみはみたね

2025/09/25
今日のメッセージ「ねたみ」というのは厄介なものです。
「羨ましい」という想いだけならまだよくても、
「憎らしい」という想いが追加されていくので、
感情をこじらせていくからです。
ねたむことも、ねたまれたことも、
あったかもしれません。
ひっくり返してみてください。
「ねたみ」は「みたね」。
じっと見ているからこそ気になるのです。
気になるから見ているのです。
誰かのことは変えられないかもしれません。
でも、自分のことは変えられます。
気になって見ていた自分に気づいていけば、
意識と視点を変化させていけるのです。
回文(怪聞?快文?)と想ってみてください。

「ねたみ(妬み)」をひっくり返すと「みたね(見たね)」になることを。

何となく気になって、じっと見ていたからこそ、自分と比較してみて、羨ましくなり、憎らしくなっていく。

見ているのです。
見られているのです。

ねたみは厄介な感情です。こじらせちゃっているので、厄介なのです。

「見たね」といっても、自分の見たいものだけを見ていることが多いのです。

本当は、どこかの誰かには、自分が見ていない部分でのあれこれがあるのだけど、それは自分には見えていない。あるいは、見ることができない。

自分が見たいものだけを見ていて、それに羨ましさと憎らしさを混ぜ込んでいって、「ねたみ」を作り上げていくのです。だから、厄介な感情なのです。

そこで登場するのが、「ねたみ」は「みたね」なのです。

もしも誰かのことを妬んでいるならば、自分はいつの間にか誰かのことを「見ていたんだ(見たね)」と気づいていくのです。 見ていたから、「ねたみ」が発動しちゃったのです。

それに気づいていけば、意識は変化を始めていきます。視点も変化していきます。 「ねたみ」は「みたね」とひっくり返していけるのです。

荒っぽいワザかもしれませんが、妬みという厄介感情には、これくらいのワザを掛けてみるのも手なのです。

今日もまたお読みくださいまして、どうもありがとうございます。 幸せな1日になっていきますように。 たくさんの愛と感謝を込めて。

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