今日は久しぶりに、アニマルコミュニケーションに関するお話です。
飼い主さんや保護主さんの代理で動物さんたちとお話をする機会をいただいていますが、時間の経った頃、会話した動物さんのことをふと思い浮かべることがあります。
何だろうと思って確認させてもらうと、動物さんの命日の近くだったり、飼い主さんご自身の何かの記念日(誕生日や結婚記念日など)だったり、動物さんとの縁が生まれた日など、思い浮かべる時は意味があったと気づかされることがあります。
動物さんが飼い主さんに何かの想いを向けている時期なのかもしれません。これはあくまで私の推測ですが、何か特別な時期には、動物さんと飼い主さんたちの心の距離がグッと近づくのではないかと思っています。
「想いの力」とでも呼べるものかもしれません。
現在、一緒に暮らしている子はもちろんですが、旅立った子達もまた現世にやってくるというのでしょうか。現世を気にかけているというのでしょうか。
飼い主さんとの間にある「生と死」という壁が薄くなり、より近くに寄ってきているという感じなのかもしれません。お盆などでは亡き方々が家に戻ってくると言います。それに似ているのかもしれません。でも、お盆だけではないのでしょう。
誰かにとって意味のある「特別な日」というのは大切な瞬間です。それをどうしてだか分かるのでしょう。
動物さんたちは現世においては、カレンダーとか日付、時間だとかは、ほとんど気にしていなくて(ただしご飯などの楽しい時間は覚えたりします)むしろ、知らないんじゃないかということばかりなのに、彼方に行ってしまうと分かることが増えるのかもしれません。
命日などは飼い主さんは呼びかけることも多いでしょうから、余計に動物さんとの心の距離が縮まって、呼び寄せていることもあるのでしょう。
その他の特別な日も、喜びや決意や特別な想いなどが飼い主さんから溢れ出していくので、動物さんはそれを感じ取っているのかもしれません。
どこにいたとしても。亡くなっていたとしても。たとえ目に見えていなくたって、そこに居たりするのです。
霊的感覚がないからと目に見えないことをどうぞ嘆かないでください。
「心」と同じです。表情などから心が見えることもありますが、丸ごと全部、心を見るということはなかなか出来ません。ほぼ見えないと言ってもいいのかもしれません。目の前の人の心だって完璧に見ることが出来ないのです。
旅立った動物さんの姿が見えなくたって何の問題もありませんし、あなたに何かが足りないと言うことでもありません。見えていなくたって、そんなことは何も関係なく、何の支障にもならず、あなたの傍にやってきたり、様子をこっそり覗いていたりするのですから。
見えていなくても彼方からは見えているのですから。
特別な日もまた気にかけてくれているのだと思うと、さらに愛おしく感じられますね。
動物と人の間に築かれたつながりは、とても素晴らしいです。いつも教わってばかりです。
動物さんたち、飼い主さん、保護主さんたち、ありがとうございます。
今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛と感謝を込めて。
ムテンの日記は毎日更新中♪
飼い主さんや保護主さんの代理で動物さんたちとお話をする機会をいただいていますが、時間の経った頃、会話した動物さんのことをふと思い浮かべることがあります。
何だろうと思って確認させてもらうと、動物さんの命日の近くだったり、飼い主さんご自身の何かの記念日(誕生日や結婚記念日など)だったり、動物さんとの縁が生まれた日など、思い浮かべる時は意味があったと気づかされることがあります。
動物さんが飼い主さんに何かの想いを向けている時期なのかもしれません。これはあくまで私の推測ですが、何か特別な時期には、動物さんと飼い主さんたちの心の距離がグッと近づくのではないかと思っています。
「想いの力」とでも呼べるものかもしれません。
現在、一緒に暮らしている子はもちろんですが、旅立った子達もまた現世にやってくるというのでしょうか。現世を気にかけているというのでしょうか。
飼い主さんとの間にある「生と死」という壁が薄くなり、より近くに寄ってきているという感じなのかもしれません。お盆などでは亡き方々が家に戻ってくると言います。それに似ているのかもしれません。でも、お盆だけではないのでしょう。
誰かにとって意味のある「特別な日」というのは大切な瞬間です。それをどうしてだか分かるのでしょう。
動物さんたちは現世においては、カレンダーとか日付、時間だとかは、ほとんど気にしていなくて(ただしご飯などの楽しい時間は覚えたりします)むしろ、知らないんじゃないかということばかりなのに、彼方に行ってしまうと分かることが増えるのかもしれません。
命日などは飼い主さんは呼びかけることも多いでしょうから、余計に動物さんとの心の距離が縮まって、呼び寄せていることもあるのでしょう。
その他の特別な日も、喜びや決意や特別な想いなどが飼い主さんから溢れ出していくので、動物さんはそれを感じ取っているのかもしれません。
どこにいたとしても。亡くなっていたとしても。たとえ目に見えていなくたって、そこに居たりするのです。
霊的感覚がないからと目に見えないことをどうぞ嘆かないでください。
「心」と同じです。表情などから心が見えることもありますが、丸ごと全部、心を見るということはなかなか出来ません。ほぼ見えないと言ってもいいのかもしれません。目の前の人の心だって完璧に見ることが出来ないのです。
旅立った動物さんの姿が見えなくたって何の問題もありませんし、あなたに何かが足りないと言うことでもありません。見えていなくたって、そんなことは何も関係なく、何の支障にもならず、あなたの傍にやってきたり、様子をこっそり覗いていたりするのですから。
見えていなくても彼方からは見えているのですから。
特別な日もまた気にかけてくれているのだと思うと、さらに愛おしく感じられますね。
動物と人の間に築かれたつながりは、とても素晴らしいです。いつも教わってばかりです。
動物さんたち、飼い主さん、保護主さんたち、ありがとうございます。
今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛と感謝を込めて。
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