誰かの感情を、あなたのものにした体験がおありかもしれません。怒り、悲しみ、痛み、喜びなど。
誰かが感じているものを同じように感じられることはとても素晴らしいことです。共感ができるという能力は、人として大切な力です。
だからまずは、誰かの感情を同じように感じること、自分のもののように感じることを否定しているものではないことを理解してください。
その上でお話をしていきたいのは、先に書いた代表的な感情の中で注意しなくてはならないものがあるということです。
それが「怒り」です。
怒ってはいけないということではありません。怒りを共有することを否定するものでもありません。誰かが苦しんでいることに対して、怒りを覚えて、何らかのアクションを起こしていくことは悪いことではありません。
それでも、気をつけなければいけない感情が「怒り」なのです。
怒りには厄介な面があるのです。怒りはとても強いエネルギーを持っているので、さらなる怒りを呼んでいくのです。
最初は義憤を覚えて、誰かの怒りを共有することもあります。だけど怒りはコントロールが難しいものなので、いつの間にか怒りの中に身を投じていくうちに「何に対して怒っているのか」「怒るために怒っている」ようになっていく面があるのです。
怒りに手綱を握られていき、冷静に判断することが難しくなっていきます。感情も暴走していきます。そしてまた怒りの中にいると、同じように怒りを感じていないことで他の誰かに対して怒りも感じていきます。
怒りがさらなる怒りを呼んでいくことが何となく分かりますか?
話を戻すと、最初は誰かの怒りから始まります。それが次第に自分の感情になって、次に誰かに怒りを強要する気持ちにまでなっていくのです。
要注意の感情といったことがお分かりでしょうか。だから引き受けなくてもいいものなのです。これは自分自身のためでもあるけれど、あなたの周りのためでもあります。
怒りで我を忘れてという言葉があるように、「怒り」はコントロールが難しい感情です。
誰かの感情を察して、同じように感じることはとても素敵なことです。だけど、「怒り」に関しては引き受けなくてもいい感情だと知っていてください。
だからといって、感じてはいけない感情ということではありません。「怒り」を抱いている人を蔑むことでもありません。それは、その方にとって体験して学んでいく感情の1つです。それに良い悪いもありません。
ここで書いているのは、誰かの感じている「怒り」まで引き受けなくてもいいし、引き受けないことで怒られたとしても、それは、その人が負うべきものであって、あなたには何の責もないということです。
誰かの怒りに出会った時には、怒りを引き受けるのではなくて、まずは落ち着きましょう。ゆっくりと目を閉じて深呼吸をするのが、一番手軽な方法です。
それから、あなたの心を見つめてみましょう。あなたの心の中にはいつも『愛』があります。それを見つめていきましょう。そして、その愛が、あなた自身を包んでいくことを想像していきましょう。
余裕がある時には、怒りを感じている誰かもまた愛に包まれていくことを想像してみましょう。これは余裕がある時で構いません。
怒りは、感じて悪いものではありません。でも、飲み込まれると大変厄介なものなのだということを、心の片隅にでも置いておいてください。
できるだけクールな頭でいることを心がけてみるのです。時々失敗したっていいのです。幾つかの失敗を繰り返しながら、だんだんと冷静な思考や感情を持っていくことは、何才になってもできることです。
いつでも、あなたの中には愛があります。それを忘れないでください。
今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛をあなたに。




