今日のお話は、今日の天使からのメッセージに関するものです。
いつもニコニコしている人を見ると、「悩みなくていいよなぁ」とか「この人は、何にも苦しみとかないのだろうなぁ」とか思ったことはありませんか?いつもにこやかにしていると、何も不安などなく幸せに楽しく暮らしているのだろうなと、つい考えてしまうのが常なのかもしれません。
確かに、にこやかだと悩み苦しんでいる姿には見えないので、そう考えてしまうのは自然なことなのでしょう。だけど、ニコニコしている人が何も悩みがないということは、これもまた外れなのですよね。
その人の話をよく聞くと、やはり誰しもが生きていく中での困難を体験し、悲しみも苦痛もたくさん味わっていることが分かります。お伺いして、こちらが絶句するような体験をされていることもあるでしょう。
なのに笑顔でいるのはどうして?
それは、悲しい顔をし続けていたり、不機嫌な顔で暮らしていても、自分を取り巻く事態が良くなるわけではないと知っているから。
きっと、その方の時間の中には、絶望の淵に立って激しく悲しんだり、苦しんだりしたことがあったと思います。つらくてもニコニコし続けていたわけではなかったと思います。
心のどこかで人生には明るい面があることを知っていた。
痛みに飲み込まれそうになりながらも、漂う木片にしがみついて「飲み込まれてなるものか」という気概があった。
目には見えないけれど、愛する方たちからのあたたかい想いが届いていった。
周りを見渡して、悲しい顔や不機嫌な顔ばかりでは大切な方たちの心を痛めていくことが分かる優しさを持っていた。
痛みに飲み込まれそうになりながらも、漂う木片にしがみついて「飲み込まれてなるものか」という気概があった。
目には見えないけれど、愛する方たちからのあたたかい想いが届いていった。
周りを見渡して、悲しい顔や不機嫌な顔ばかりでは大切な方たちの心を痛めていくことが分かる優しさを持っていた。
たまに、自分の不機嫌さで人を従わせようとする方がいます。それは卑怯で幼稚なことです。何も善い物を生み出さず、ただ誰かの感情をも自分のものにするような傲慢なものです。そこには支配はあっても愛はありません。
一方、苦しみを抱きながらも、生きていく中には明るいものがあるとどこかで信じて、笑顔でいようと決めていくことはとても尊いことです。
ずっと笑顔じゃなくたっていいのです。
「笑っていよう」
「できるだけ笑っていよう」
「やれる範囲で笑っていこう」
そう思っていく魂はとても偉大だと思います。
無理矢理、笑顔で暮らしていくことを薦めているわけではありません。
だけど、先回の記事にも書いたように、人生には、明るい面も暗い面もあるのを知りながら、あえて明るい面を見ていこうと思っていく気概を持って生きていきませんか?
私たちは、自分の生き方を自分で選んでいくことができるのです。自分の心の主人として生きていくことができるのです。
あなたの人生が、いつも光と愛に溢れていくことを祈ります。
今日もまた、お読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの「大好き」をあなたに。





