現代を暮らしていると、目にしたり耳にしたりするのは、醜悪なことの方が多いかもしれません。素敵なことより悲惨なことのほうが話題になりやすく、興味も引きやすいのかもしれません。ありきたりの日常の一コマなど当たり前すぎて、誰の興味の対象にもならないのかもしれません。
だから、ふと忘れてしまうことがあります。世の中には善良な人がいることを。それもいっぱいいることを。
誰かが困っていた所にそっと手を差し伸べて軽く会釈して去っていく人。
道端に落ちてしまっていた鳥の子供を助けようと必死で調べて対応する人。
自分に任されたものをただ丁寧にこなしていく人
次の世代を慈しんで育てる人。
例を挙げだしたらきりが無いです。善良な人と聞いて、あなたも誰かを思い浮かべるかもしれません。道端に落ちてしまっていた鳥の子供を助けようと必死で調べて対応する人。
自分に任されたものをただ丁寧にこなしていく人
次の世代を慈しんで育てる人。
善良さはとても地味で、人目を引くものでもニュースの見出しになるものとも異なるかもしれません。
でも目立たないからと言って〈無い〉というわけではないのです。ひっそりと佇みながら、ちゃんと〈ある〉のです。
悲しいことに、私たちは誰かの不幸話が好きなのだと思います。醜悪な話に眉をひそめながらも聞きたいのかもしれません。ニュースなどで取り上げるのは、そこに商機があると判断されているのかもしれません。
それでもだんだんと、そのあたりが変わりつつあるようにも感じています。一気にじゃないけれどちょっとずつ。選択できるのですものね。醜悪なものも、善良なものも。
私に関わってくださる方は、善良な方がたくさんいらっしゃいます。それぞれ失敗や過ちだってあるでしょうし、短所もあるでしょう。だけど心に善良さを持っていて、それゆえに傷ついたりしながら、それでも毎日を懸命に生きているのです。善良な心を持ちながら。
ありがたいなぁ。見習いたいなぁって思っています。いろいろとまた学ばせてください。
今日もまたお読みくださいまして、ありがとうございます。
たくさんの愛と感謝を。




