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「好き」が終わった時に

2025/09/23

何かに夢中になったり、好きになったりすることは、誰にでもあるでしょう。いつしか興味が無くなったりすることもあるでしょう。心変わりなんて、ざらですもの。心はナマモノなのだから。

こういう心の流れの中で、とても興味深いなと思うことがあります。

これまで好きだったものが好きではなくなった時、興味を失った時、全力で否定したり、激しく貶したりすることがあります。好きだったものをとにかく否定して、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに、関わりのあるものまですべて罵ったり、悪し様に言うこともあります。

私には経験あります。振られた時、たしかお酒ガンガン飲んで、タバコ吸って、友達とくだを巻きながら、相手の小さな欠点でも見つけ出し、罵っていた覚えがあります。お恥ずかしい話です。そうかと思ったら、何かの集団と合わずにそこから去った時も、相手の欠点を探していた覚えがあります。情けないことです。

ただ〈縁〉が無かっただけのこと。〈縁〉が切れただけのこと。それだけなのに、カッカと燃料投下して、相手や対象をひたすらボコボコにしたがる。

どうしてなのかなと思っていたら、聡明な友人が教えてくれました。それは『自己防衛』なのだと。なるほどと思いました。

傷ついたのでしょう。好きなものに全力を傾けて一生懸命になる。それなのに、好きじゃなくなってしまうと、どこか傷ついてしまったのでしょう。心がどうしていいのか分からなくなり、混乱してしまうのでしょう。

だけど、混乱したり、傷ついたままでは暮らせないから、何とか困難から脱出するために、自分を守ろうとして相手が悪いことにしてしまう。

好きだった自分が、恥ずかしかったり、情けなかったりするし、嫌いになってしまった時や興味を失った時、やましさだって感じてしまう。あんまり素敵じゃない自分。望ましいものではないし、心地いいものでもない。自尊心だって失ってしまう。

だから、自分を守ろうとして、どこかに狙いを定めて貶したりするのです。

でも、そんなことしなくていいのです。傷ついたことはつらいことだけど、何かを好きだった過去は変えられない。夢中だった日々も変えられない。

ただ〈縁〉の糸が消えただけ。ただそれだけ。悪態つきたいかもしれないけど、もう、やめていこう。これを読んでくださったのなら。

切れた〈縁〉の糸は、また新しい所へと繋がっていくものだから。

過去に苦いものがあったのなら省みること。それはあなたの成長に、どういう形であったとしても何かの役割を果たしてくれたものだから。

そうして歩いていきましょう。明日へと。

今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛と感謝を。

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