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心配の話 わたしのことから

2025/09/23

先回、心配を愛に変えていこうって話をしました。これは私の経験も関係しているので、今日はそのことを書いていきます。

私は元々かなりの心配性です。想像力(妄想力)が豊かなことは自慢できる才能の一つだと自負しておりますが、良い想像ばかりではないのです。

楽しくてワクワクしたり、ホルモン活性化するようなものだったら、な〜んの問題もございません。

でも、自分の想像だけであれこれと先走って心配することは、あまりいいものではないです。

亡き愛犬ロンはちょくちょく病気をしておりました。大事な家族だから心配します。これは当然です。アニマルコミュニケーションなど知らなかった当時です。言葉を交わすことも感じていることも分かりません。

彼女の感じていることは何となくは分かっていたとしても、「分かるわけがない」という価値観でいたので、分かりません。だから、不安で、心配でと言った状況でした。ずっと。

当時は様々なことが重なっていたのでしょう。アトピー持ちの私ですが、かなりひどい状態になってしまっていました。

そのうちに、ロンが片目の視力を失ったりしていき、私自身、思うところがあったのでしょう。

「でしょう」というのも、その時のことはとにかく必死で、実はハッキリと覚えていません。ただ、とにかく、この心配の波にずっと漂っているのはイヤだという想いがあったことだけ覚えています。

心のどこかでは分かっていたんです。

私から出ている「心配」という「不安感」を持つものが、私自身にもロンにも何もいい影響を与えるものではなくて、むしろ、悪い影響を与えているのだと言うことを。

一般的なことを話します。

「心配だ、心配だ」という人や、「あー、イライラする」という人の近くって、どんな感じがしますか?何だか自分まで調子悪くなるような居心地の悪い感じがしませんか?

誰もが、ある種の気(エネルギー)を持ち、発しています。特殊な力などなくても、こういうものを誰もが何となく感じますよね。

ロンがあれこれと病に罹った原因がすべて、私にあるとは思いません。でも、一部は私にも原因があるかもしれません。それは分かりません。

ただ、心配ばかりしていると、それは彼女にも不安として伝わり、病があったとしても、心穏やかに過ごすことはできるのに、その暮らしを私の心配というもので阻むことになるかもしれない。

そう感じていました。ハッキリと言葉として認識していたわけではないけれど。

それから私は、心配をする必要のないもの、〈なにか〉を求めていたんだと思います。まぁ、それで、今のお仕事につながっていくのですが。

学び、体験し、出逢っていく中で、心配を切り替えていくことを知りました。

過度の心配性から抜け出して、違う方法があるんだよと誰かに伝えることも出来るようになっていきました。

まあ、こんな感じなので、心配って分かるのです。それがどういう風に作用するのかも分かるのです。

人にも動物にもどういう風に伝わっていくのか分かっているつもりです。もちろん、完璧には分かりませんけど。

大切な人、大切な動物が、なにかしんどい体験や想いなどをしていたら、心配するのは当然。大切だもの、当たり前です。

だけど、それは、変えていけるエネルギー。

切り替えるのは難しいかもしれない。それでもどうか、心配を愛に変換させていってください。

心配から解放されたら、相手も自分もずっとずっとラクになって、本来の力が存分に発揮できるような応援パワーとなっていくから。

がんばりましょう。

今日もまたお読みくださいましてありがとうございます。
たくさんの愛と感謝を。

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