さてさて、このお豆ちゃん。「魔を滅する」とも言われているものです。(この響きに、ワクワクしちゃうのが、情けないのですが。)
新しい季節の前に、邪を祓い清めて、次なる季節をお迎えする節分。素晴らしい行事です。
それにしても「魔」って何でしょうね。私は「魔」=「人そのもの」だとは思いません。
「人の心に巣くうもの」がそれなのじゃないかと思っています。誰でも大なり小なり持っているのじゃないかと思っています。
それを祓うと言うことは「心に巣くっているもの」を手放すことなのでしょう。
手放したり執着しないでいられる人たちが、「魔」ではないだけのこと。そこには明確な線引きなどなくて、いつでも誰でもどちらにも転がっていくもの。
何か犯罪や残虐な行為をする人とそれを行わない人の間には境界線などないのだから。
行わないでいられるのは、教育があったり、環境に恵まれていたり、信仰があったり、愛を知っているという、「たまたま」運がよい境遇であっただけのこと。
自分自身のことを考えてみても、もし、私が教育など一切受けておらず、幼い頃からたくさんの悲惨な死を目にし、横暴な社会の中で生き延びているとしたら、犯罪に手を染めている可能性は大いにあると思います。
そこまでいかなくても、六条御息所のように、ものすごい嫉妬で、生霊(←これもかなりのものなのですよ)を飛ばして、誰かを呪ったり、その死を願ったりすることだってあると思います。
それをしないでいられるのは、たまたま運がよかったから。ただそれだけのこと。光がともにあることを知っているだけのこと。
光あるところに闇があるし、聖なるものも魔もある。
ただ、闇や魔は楽しくないし、気持ちよくないから好ましいと思わないだけのこと。
魔を持つしかなかった人たちのこと、持たずに暮らしている人たちのこと、様々な視点で多角的に見ながら、それぞれがどこかに抱えている、「魔」から解放されていけますようにと祈っていけたらいいですね。
どうぞどなた様も、御身もお心も、無病息災であられますようにとも、願いを込めながら。
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| 節分のお日様と水晶 |
お読みくださってありがとうございます。
〜 今日のいいこと 〜
☆ ケモノさんたち、今日は、ちょっと暖かかったので、
お散歩も気持ちよく行けました。
☆ 先日の、ともnetさんの譲渡会で購入したお揃いのシャツ。
かわいすぎるわ♥
☆ 節分の豆が美味しかったこと。
☆ 玄米塩おにぎりが美味しかったこと。
☆ 寒いと思ったので着込んでお散歩に行ったら、汗をかくほどだったこと。
きっと痩せたに違いない。←錯覚です。
☆ 生あること。
〜 ☆ ☆ 〜






